貝塚ってなんだろう?

更新日:2024年12月23日

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貝塚ってなんだろう?

貝塚は縄文時代のゴミすて場なのだと考えている人も多いと思います。

しかし、貝塚からは下ようにまったくこわれていない釣り針が発見されたり、きちんと並べられて遺物が発見されることもあます。

縄文人たちは生き物だけでなく、自分たちのまわりにあるすべてのものに魂が宿っていると考えていたようです。ですから、彼らにとって貝塚は単なるゴミすて場ではなく、食糧となってくれた貝・魚・動物たちや役目を終えた土器や石器などの道具たちに感謝をこめて、それらの魂をもとの場所に送り返す場だったと考えられます。

土の中に黒色でヒビが入り破損がみられる土器が表面だけ見え埋まっている写真

まだ使える状態なのに捨てられた土器

土の中から白い線状のようなものがつながり背骨のかたちのものが表面だけ見え埋まっている写真

カツオの背骨がつながったまま見つかった様子。6センチメートルほどのぶつ切りにして食べたと考えられます。

先端が尖っている釣り針が土の上に置かれ、その大きさを測るためにメジャーが置かれいている写真

壊れてないのに捨てられた釣り針

楕円形と穴が開いた円状の形と細長い棒状の形をした骨が土の上に置かれている写真

左からクジラの骨・骨角器・人骨が並んで見つかった様子。縄文人たちが何かの儀式を行った跡と考えられます。

土器捨て場

崎山貝塚の斜面部分は貝塚であると同時に土器すて場となっていて、各時期の土器がたくさん埋まっています。

下の図は北貝塚の断面図です。縄文人たちが斜面に土器・土砂・貝ガラ・ウニのカラ・動物の骨などを長年にわたりすてた結果、もとの地形が大きくかえられていたことがわかりました。

これは、ほかの遺跡でいう盛土遺構にあたります。

また、崎山貝塚では縄文前期のはじめころに十和田火山(現在の十和田湖)が大爆発をした時に降った火山灰も確認されています。

北貝塚の断面図

中期の層の下半分と、前期の層のほとんどが貝塚となっています。

色で何層にも分けられた北貝塚の断面図

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