門馬区域の交通
JR山田線
JR山田線の開通

大峠ダムとJR山田線(因幡氏提供)
JR山田線は盛岡と宮古を結ぶJR東日本の路線です。当初は山田町を目指したことからその名がついていますが、もともとは宮古から山田を経由して釜石までの路線でした。平成23(2011)年の東日本大震災では津波により甚大な被害を受けて沿岸部の路線が不通となり、その後、平成30(2018)年に全線復旧するも、山田を含む宮古と釜石の間は平成31(2019)年に三陸鉄道に移管されています。
各駅の開業

蒸機機関車のラストラン(工藤氏提供)
北上山地の河谷を縫って走る山田線は、大正12(1923)年から順次開業し、昭和3(1928)年に区界駅、昭和5(1930)年に松草駅、昭和6(1931)年に平津戸駅が開業し、昭和9(1934)年には宮古駅、昭和10(1935)年に山田駅、昭和14(1939)年に釜石駅が開業し、全通となりました。ですが、昭和22(1947)年のカザリン台風、昭和23(1948)年のアイオン台風による土砂災害で不通となり、昭和29(1954)年に復旧工事が完了して再び全線開通となるまで6年かかりました。
災害と復旧
アイオン台風復旧記念碑
山間部に点在する集落を結ぶ山田線の駅は廃止となった平津戸駅を含めると、区界駅、松草駅の3駅です。区界駅は標高744mで東北一標高が高い駅です。広大な地域のため、平津戸―松草間にある門馬に臨時停車場がおかれた時期もありました。また、アイオン台風の復旧期には御山川の合流点付近に砂防ダム建設の資材を運搬するために使用された臨時停車場もありました。現在は廃止となった旧平津戸駅は日本一始発が遅いことが話題となりました。映画「大いなる旅路」(1960年)は昭和19(1944)年に平津戸駅―川内駅の間で起きた雪崩による列車転覆事故がモデルとなっており現地に慰霊碑が建立されています。秋はたくさんの落ち葉による車輪空転のため1か月の計画運休が行われるなど、「秘境線」の旅を並行して走る106バスを利用しながら楽しんではいかがでしょうか。
この記事に関するお問い合わせ先
教育委員会 文化課
〒027-0097
岩手県宮古市崎山1-16-1
電話番号:0193‐65-7526




更新日:2026年02月02日