河川流域に展開した古代エミシと中世土豪の世界
鉄と城館による地域の形成
ストーリーの構成
(1)知られざる鉄のまち
(2)閉伊氏と館
(3)領主から地域の寺社へ
(1)知られざる鉄のまち
東北地方の人々が中央政府に「蝦夷」と呼ばれていた古代(奈良時代・平安時代)に、本市では初めて鉄を利用した製品が登場します。最も古い鉄製品は「長根1遺跡(長根古墳群)」の蕨手刀や直刀等の刀剣類で、年代は奈良時代(8世紀代)のものです。その後、古代集落の竪穴建物からも刀子・鉄鏃などの鉄製品が出土するようになり、さらに、平安時代になると、製鉄炉や鍛冶炉等の鉄生産に関連する遺構が急増していきます。
本市の沿岸部は、花崗岩由来の砂鉄と豊富な森林資源から得られる木炭という、鉄生産に欠かせない原料と燃料が揃う環境であったため、島田2遺跡のように鉄生産における専業的な工人集落の様相を呈する遺跡も現れ、本市周辺は「蝦夷」にとって鉄生産の重要な拠点の一つでした。

製鉄炉(青猿1遺跡)
東日本大震災後の復興発掘調査の成果によって、古代(奈良時代・平安時代)に始まる鉄生産が、中世にかけても断続的に営まれていたことが分かってきました。さらに近世(江戸時代)になると田野畑村や岩泉町周辺において鉄山が経営されますが、本市においては黒森町1遺跡で鋳物用の炉跡が見つかり、鰐口等を鋳造していました。
幕末においては、盛岡藩が大島高任に命じ反射炉建設計画を始め、その建設候補地として宮古通近内村が挙げられました。1865(慶応元)年12月には建設が決定し、公式に「近内製鉄場」と呼ばれました。しかし、明治維新により建設は途中で中止され、やがて近代製鉄の場は、洋式高炉での初出銑に成功した釜石に移っていきます。
古代から中世、そして近世、幕末へと鉄生産の技術を受け継いできた鉄のまちは、「幻の近内製鉄場」とともに終わりをつげました。

鉄製品(赤前5柳沢遺跡)
(2)閉伊氏と館
鎌倉幕府より地頭職を与えられた閉伊氏に相続争いがおこり、1324(元亨4)年の北条高時決裁状により決着しました。決裁状に分けられた領地が記され、呂木(老木)・閉河・田久佐利(田鎖)・小山田・閉崎・赤前の所領と鍬ヶ崎、笠間(山口)の地名が見られます。閉伊氏一族の家門は栄えて、田鎖・刈屋・和井内・茂市・長沢・花輪・大沢・箱石・蟇目・中村・重茂などの諸家が割拠しました。彼らは「田鎖党」「田鎖十三家」などと称され、その氏名が地名と一致しています。
中世・戦国時代の武士が建設して所領を守り治めた城館の遺跡は、市内で71箇所を把握しており、大規模なものでは千徳城、山口館、田鎖館などの館に宮古地方を治めていた国人領主の存在がうかがえます。こうした領主の下に束ねられた土豪が、各地に館を築いて村を治めていました。小国地区の「大梵天館跡」は、川井から遠野への往還を抑える要地に構えられています。腹帯館は、閉伊川沿いの要害で、館主のものと思われる兜が地元に2頭残されており、その形態から「十八間星兜鉢」は鎌倉時代、「三十二間筋兜」は室町時代の作です。館の麓に「応永石塔婆碑」があり、中世の館と村落の構造を考える上でも重要です。
山口館に守られた黒森神社に伝わる1370(応安3)年の棟札により、当時すでに南部氏が閉伊郡地頭となって支配し、黒森山権現社を創建したことが分かります。
千徳城(空堀)
(3)領主から地域の寺社へ
館を築いて地域を治めていた国人領主や土豪は、単に戦や村の統治を行っただけでなく、宗教的な面でも地域の核となる存在でした。1334(建武元)年に製作された「鉄鉢」は、神社などの賽銭鉢であり、黒森神社の前身である社堂の存在がうかがえます。1340(暦応3)年建立で市内最古の石碑である「暦応の碑」、1396(応永3)年の「応永石塔婆碑」は、領主を供養するために建立されたと考えられます。
また、小山田神社には、鎌倉時代の「毘沙門天像」と室町時代の懸仏が残されており、当時の領主が地域の安寧を祈願したと考えられます。
応永石塔婆碑
また、鎌倉・南北朝時代に開かれていた天台宗・真言宗の寺院は、戦国時代に大名や在地領主らの菩提寺となり曹洞宗に改宗していきました。東北地方の曹洞宗本山正法寺の住職だった月泉良印は、早池峰大権現を信仰し、1394(応永元)年に小国地区寺倉に鶏頭山大圓寺を開創しました。
鎌倉時代に閉伊頼基の7人の重臣が閉伊七社明神となって、この閉伊地方を守護したという伝説が各地に残されています。松山・老木・川崎(刈屋)・川井・川内・江繋・国境(区界)の七社で、閉伊川及びその支流の刈屋川・小国川沿いに分布しています。また、中世の館に祀られた神が、後に村の鎮守として祀られ、八幡宮や八幡神社となって現在に至っています。田代・千徳・根城・赤前など多くの地域で、地域の歴史文化の核として守り伝えられてきました。

毘沙門天像




更新日:2025年12月26日